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黒潮に乗って

tanoです。今日から仕事始め。長い正月休暇をいただいて体調万全です。今年も頑張れそう~ 🙂
さて今年最初の投稿は正月のマグロドラマに感動して海洋民の話から・・・
日本人の起源は、るいネットの「スンダランド海洋航海民 [1]」や「日本人の渡来経路(縄文時代以前)」 [2]などにあるように、スンダランドから黒潮に乗ってやってきた人々を基層に持つとされている。(柳田国男が唱えた「海上の道」。)今回このルートを確かめるべく、黒潮の海流調査が行われた。昨年の調査結果と共に紹介してみたい。
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2005年6月2日沖縄タイムス 
日本人のルーツ解明手掛かりに/黒潮海流調査で考古学研究グループ
 日本海流(黒潮)の流れを解明する海流調査のため1日、日本最西端に位置する与那国町からコマ1000個が投入された。今後20ヶ月間を通し合計1万個を流し、季節や気候の変動による海流の変化を長期的に調査する。コマと同時に人工衛星の端末を備えた漂流ブイも一緒に投入。日本海側の海流はどのように流れているのか、追跡調査が始まった。調査を企画したのは有志で考古学を研究する「グループ・ニライカナイ」(東京都)。米国の海洋学者カーティス・エッベスマイヤー博士の指導の下、黒潮に乗ってやってきたといわれる日本人のルーツ解明の手掛かりを得たいと話す。
 日本海側の海流調査は太平洋側に比べほとんど実施されていないことから、近年増えている漂着ごみなど海洋汚染の実態解明や、水難事故捜索で必要な海流データなどにも役立てたい意向だ。
 ニライカナイ事務局の綿貫信一さんは「近年は電子メールの普及により、国際的な通信が簡単になった。投入するコマに連絡先を明記することで、世界各地からの拾得情報がこれまでにない高い確率で得ることができる」と期待する。
 初回投入が実施された1日、一行は・・・・

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初回投入が実施された1日、一行は正午に久部良港から出港、黒潮が流れる与那国島の沖合10キロ地点でコマを流した。人工衛星の端末装置を備えた漂流ブイも一緒に投入。コマは黒潮の流れに乗って、一直線に船から離れた。 
コマは海洋環境への影響を最小限にとどめるため木製に。大きさは渡り鳥が誤って食べることがないように直径8センチ、軸長10センチとやや大きめに設定した。調査の目的と拾得した際の連絡先が、日本語、英語、ロシア語、ハングル語、スペイン語で明記してある。
world1220.gif
グループ・ニライカナイ [5]ではコマを拾得した際に連絡を求めている。連絡先は電話03(3341)6852。メールアドレスはocean@nirai-kanai.org
非常に貴重なデーターだと思います。この黒潮の流れに乗って縄文人は列島に漂着したのですね。
黒潮とは・・・(ウィキペディア [6]より)

黒潮(くろしお)とは、北太平洋の亜熱帯循環の北西部分に形成される狭く強い海流である。暖かい南方の海から暖かい海水を運ぶため代表的な暖流に分類される。日本近海を流れることから日本海流(にっぽんかいりゅう)とも呼ばれることもある。貧栄養であるため、プランクトンの生息数が少なく、透明度は高い。このため、海色は青黒色となり、これが黒潮の名前の由来となっている。 
黒潮は、赤道のすぐ北側を西向きに流れる北赤道海流に起源を持ち、これがフィリピン諸島の東で、北に向かった流れが地球の自転に伴うコリオリ力の緯度変化の影響(β効果)を受けて強化されたものである。 その後、黒潮は台湾と石垣島の間を抜け、東シナ海の陸棚斜面上を流れ、九州の南西で方向を東向きに転じトカラ海峡を通って日本南岸に流れ込む。日本南岸を流れる黒潮は、日本沿岸の近くを流れる流路と、南に大きく蛇行する大蛇行流路と呼ばれる特徴的な流路をとることが知られている。日本南岸を通過してさらに東に流れ去ったものは黒潮続流とよばれる。一部は対馬海峡を通って日本海に流入し対馬海流と呼ばれる。
黒潮の幅は、日本近海では約100kmで、最大時速は最大で4ノット(約7.4km/h)にもなる。正確な流量の見積もりは現在も困難であるが、概算で一秒間に2000万~5000万立方メートルの海水を運ぶとされている。