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卑弥呼は大倭の女王?

Posted By naoto On 2006年12月12日 @ 11:49 PM In 弥生ー律令時代の国造り | 4 Comments

邪馬台国については、九州説と畿内説の論争が続いているようですね。
今回は、畿内説の立場からの記事を紹介したいと思います。
女王の統属する範囲
http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-kat/gisi/10c.htm [1]
要旨:女王の統属する範囲は、西は、対馬、壱岐を含む九州北部。東は京都府と滋賀県の境まで。
この範囲を魏志倭人伝は『倭国』と称す。
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『魏志倭人伝』の記述と、三世紀前半の古墳の分布範囲を重ね合わせると、上のような、女王の統属する地域が想定できる。
私は、出雲と関東地方の一部も女王の影響下にあつたと考えている。
それでは、この範囲は何とよばれたかである。
『魏志倭人伝』では、これを『倭国』と称す。
しかしこれは、あくまで大陸の人たちの呼び方であつて、この国の人たちがこの地域を『倭国』と称したかは不明である。
いずれにしても三世紀の半ばには、西は対馬、壱岐を含む九州北部。東は京都府と滋賀県の境あたりまでを範囲とする、女王の政治的影響の及ぶ『倭国』という範囲が形成されているのである。
女王は伊都国王や、邪馬台国周辺の国を「統属」している。「統属」という文字の意味には、支配、被支配の意味が含まれるであろう。
また『魏志倭人伝』の中で、「大倭」という言葉が使われている。
『後漢書』倭伝の記述の冒頭に「国皆称王。世世伝統。其大倭王居邪馬台国。」と記す。
この記述によれば、邪馬台国に都する大倭王が、諸国の王を統属していたことになる。
邪馬台国の女王卑弥呼は、西日本の諸国を支配下に置く、大倭王なのである。《引用ここまで》
『魏志倭人伝』からのアプローチ。
論理整合性の高い内容だと思います。


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