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縄文人へ同化してみませんか?

Posted By staff On 2006年11月24日 @ 11:50 PM In 縄文人の外圧 | 2 Comments

こんばんわ。管理人のtanoです。
今日は縄文人への同化という観点でひとつ投稿したいと思います。
安田 喜憲氏の著書である「日本よ森の環境国家たれ」の冒頭の文章からの抜粋です。
>「何ごとのおはしますかは知らねども かたじけなさの涙こぼるる」
これは西行法師が伊勢神宮の内宮でよんだ歌である。
森羅万象に神の気配を感じ、思わず涙する。これが「森の民」としての日本人の感性の根幹を形成している自然観なのである。

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涙がこぼるるほど感動した美しい森にみなさまは出会ったことがあるだろうか。
森の美しさに感動した体験をもつ人は、自然の生命の躍動を身近で感じる事ができた幸運な人である。森の命は季節の移ろいに応じて永劫の再生と循環をくりかえしている。
春の若芽、夏の若葉、秋の木の実、そして冬枯れの木立。しかし、森の中の命は翌年の春には必ず甦ってくる。森に信頼をよせる森の民の世界観はこの宇宙の太陽を含め、命あるもの全てが永劫の再生と循環をくりかえしているというものである。

この地球上が森であふれていた時代の人々の世界観は、再生と循環で特色付けられた。縄文文明も長江文明もアンデス文明も、再生と循環がその文明の原理を形成した。
森に信頼をよせる人々は他者にも信頼をよせた。森への信頼は人への信頼であった。その森の社会は他者を疑う事がない社会だった。
縄文時代はだから人を殺戮するための武器は必要なかった。 以上抜粋(一部省略しています)
アニミズムに代表される縄文時代の特色を森を通して表しています。
紅葉の季節はもうすぐ過ぎますが、一面に葉が完全に落ちた冬枯れの木を見る時ふと何とも言えない寂寥感に襲われる事があります。それなんかも一種の気配なのかもしれません。
また、温暖化とはいえ木々を通して四季を感じる時に確かに遠い意識のかなたに命を感じているようにも思います。
アニミズムという縄文時代を象徴する意識のありようを我々の今の心に問い掛けてみるのも縄文時代に同化する試みの一つなのではないかと思います。そしてそれは何かいろんなこと(=自然も他者も含めて)に感謝し包まれているような感覚なのかもしれません。
我々日本人の中のアニミズムはほんの数百年忘れているだけで、私達人類の歴史からみればほんの一瞬なのかもしれません。親殺し、子殺し、いじめ、犯罪が多発した2006年、日本人は心の奥にあるそれらの小さな声に再び耳を傾ける必要が生じているのではないかと思います。

自然との会話、他者との会話、言葉にならないそれらの思いが少しずつ顕在化してくる気配を感じませんか?
路上のオアシス「なんで屋」でも様々なカードのなかから「いつもいてくれてありがとう」等を選んでいく露店でのお客さん達、小さな声に耳を傾け始めています。
 


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